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『闇に挑む書士3 ―なりすまし債務と司法書士・溝部将司―』

202312月。年の瀬が迫る大阪市内。司法書士・溝部将司の元に、珍しく警察からの紹介で一件の相談が舞い込んだ。

 

「先生、これはちょっと普通の闇金とは違います。なりすまし詐欺と、明らかに結託した貸金業者が絡んでいます」

 

相談者は山田美咲(仮名)、27歳。地方から出てきてアパレル企業に勤めるOLだった。彼女の名義で、身に覚えのない消費者ローンの借入れが複数発覚。しかもそのうちの一件が、闇金と思われる業者からのものだった。

 

「ある日、突然SMS返済が滞っている。裁判準備に入るって。最初はいたずらだと思いました。でも、勤務先にも電話がかかってきて上司から呼び出されて、事情を説明しろって

 

確認すると、確かに山田名義で消費者金融「アーククレジット」から50万円が借りられていた。貸付契約書には本人の住所と署名。だが、印影はかすれており、電話番号も勤務先も異なる。本人確認がずさんだった証拠だ。

 

「実際に貸付金が動いている以上、契約書が有効であると主張される可能性があります。しかしこれは、なりすましです」

 

溝部は、冷静に調査を進めた。

 

 

まず、なりすましが行われたタイミングと、どの情報が流出したかを洗い出す。山田が過去に利用していたフリマアプリや転職サイトの登録情報のうち、特に電話番号が旧番号のままになっていたものがあった。

 

「これですね。ログイン履歴も不審なものがある。ここから個人情報が抜かれた可能性が高いです」

 

一方で、「アーククレジット」なる業者の実体を探ると、表面上は登録されていない非正規貸金業者であることが判明。つまり、完全な闇金だった。

 

 

年明け。1月上旬、事務所に直接、アーククレジットを名乗る男から電話が入った。

 

「おたくら、山田って女の代理人か。ええ度胸してるやんけ。こっちはちゃんと返済を求めてるだけや。貸付証明も、振込記録もあるで」

 

「すべて、本人確認の不備による不正貸付と見ています。今後は法的手続きに従っていただきます」

 

「は?おたくら司法書士やろ?裁判もできへんのに偉そうな口叩くなや。俺らがどこまでやるか、見せたろか?」

 

この言葉で、溝部は確信した。

 

──これは、ただの債権回収ではない。恐怖を武器にした、組織的ななりすまし詐欺だ。

 

 

それから数日。山田の自宅ポストには返済期日を過ぎたと書かれた封筒が届き、勤務先にも再び無記名の電話が殺到した。いわゆる「職場晒し型の嫌がらせ」である。

 

溝部は、山田とともに警察署へ同行し、詐欺被害届とあわせて貸金業法違反、名誉毀損等の訴えを出した。

 

「すでに貸金業登録のない違法業者である以上、すべての契約は無効です。そしてこの行為自体が、業としての恐喝に該当する可能性が高い」

 

この間、溝部は複数の同様被害の記録をネット上で洗い出し、アーククレジットの名で被害を受けたという5人と連絡を取り、共同の告発体制を構築した。

 

 

2月初旬。大阪府警生活経済課が「アーククレジット」の口座を凍結。その背後にいたのは、元IT企業社員らが作った情報商材グループで、個人情報を買い取っては簡易ローン申請を繰り返すという手口だった。

 

彼らは、SNSに無防備な情報を載せている人間を狙い、バーチャルオフィスと偽名を使って闇金申請名義貸しを装い暴力的回収、というシステムを確立していた。

 

 

「先生が、いてくれてよかったです」

 

山田はようやく職場の信頼を取り戻し、元の生活に戻った。

 

「いや、本来はこういう目に遭わない仕組みが必要なんです。だけどその前に、止める役目が、俺らの仕事ですから」

 

溝部は、その夜、再び事務所のメールを開いた。

 

新たな相談件名:

SNSから流出した情報で借金を背負わされました」

 

彼の仕事に、終わりはない。