『闇に挑む書士2 -司法書士・溝部将司の闇金抗争記-』
8月中旬。大阪市内の路面がじりじりと焼けるような暑さの中、司法書士・溝部将司の事務所にはひんやりとした空気が漂っていた。だが、それは冷房のせいではない。重苦しい、緊張感のある“空気”だった。
「…先生、もう、逃げるのも限界なんです」
目の前で声を震わせるのは、元自衛官の山本圭介(仮名)、34歳。がっしりとした体格に不釣り合いな怯えた目が印象的だった。
圭介は退職後、ネットワークビジネスで失敗し、生活費に困窮していた。友人の紹介で借りたのが、ある闇金業者──「六道(ろくどう)金融」と名乗る集団だった。
「最初は10万だけだったんです。でも、返済期日を1日でも過ぎたら、罵声が鳴り響くんです。しかも…実家に来たんです、アイツら」
六道金融は、他の闇金業者と異なり、暴力団風の格好をした実行部隊を持っていた。取り立て担当は関西弁で怒鳴り散らし、ドアを叩き壊しそうな勢いで押しかけてくるという。
「司法書士でも無理かもしれんぞ、と言われました…。でも、最後にと思って、先生に…」
溝部は、静かに頷いた。
「圭介さん。六道金融ですね。名前は初めて聞きましたが、やることは同じ。こちらに任せてください」
—
受任通知をFAXで送ると、翌日──事務所に直接、彼らが現れた。
「司法書士さんやな。あんたが山本のケツ持ちか?」
溝部の事務所の前に、黒のワンボックスが停まり、2人の男が降りてきた。日焼けした腕、指には銀のリング。スーツの中には刺青の一部が覗いていた。
「申し訳ありませんが、ここは事務所です。脅迫と取られるような行動は控えてください」
「いやいや、ただの挨拶やんけ。ほな、山本に代わりに払ってくれるんか?利息込みで80万や」
「違法金融業者との契約は無効です。そちらの請求には法的根拠がありません。今後は接触も禁止です」
ピシャリと書類を差し出すと、男は鼻で笑った。
「ふーん。法律、ねぇ…司法書士ごときがよう言うわ。おたくら、ガード甘いで?」
それだけ言い残し、2人は立ち去った。
—
次の日の朝、事務所のシャッターに赤いスプレーで「シホウショシ、ナメルナ」と書かれていた。さらに、その夜、溝部の自宅ポストには白い封筒が投げ込まれていた。中には、家族写真──数年前にSNSにアップしたもの──に「次はお前らや」と書かれていた。
溝部は一瞬、身体が硬直した。
だが、それでも彼は動じなかった。
「よし、刑事に上げます。これは完全に脅迫罪です」
すぐに生活安全課へ連絡を取り、過去の受任履歴とともに証拠提出。加えて、大阪弁護士会とも連携し、継続的な監視と支援体制を整えた。
「これ以上の脅しには、司法ではなく、国家権力で対抗します」
—
数日後、警察は六道金融のアジトと思われる雑居ビルを家宅捜索した。違法な契約書、他の被害者の個人情報、複数の口座とスマホ──全てが押収された。
その中に、山本圭介の個人情報も含まれていた。
圭介は警察に同行し、被害届を正式に提出。結果的に六道金融の幹部2名が逮捕され、組織は事実上の解体となった。
—
「先生…本当に、ありがとうございました」
溝部の事務所に再び現れた圭介は、口元に小さな笑みを浮かべていた。
「俺、また働いてみようと思います。今度は、誰にも頼らずに」
溝部は静かに頷いた。
「大丈夫です。もう、闇には飲まれませんよ」
—
その夜、事務所の明かりを落としたあと、溝部はひとり椅子にもたれながら、ため息をついた。
(司法書士、か…。法律で人を守るってことは、時に、自分の身も危険に晒すんやな)
彼はデスクの上の「受任通知フォルダー」を見つめた。そこには、まだ開封されていない新たな依頼メールが3件届いていた。
闇金が消えることはない。だが、法律の力で人を守る。その信念は、揺らがない。
「はい、司法書士・溝部です。闇金の件ですね。任せてください。相手が誰でも、私が止めます」