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『闇に挑む書士4 ―孤独な老父と司法書士・溝部将司―』

20243月、まだ肌寒さの残る大阪・堺市。司法書士・溝部将司の事務所に一本の電話が入った。

 

「先生わし、どうしたらええんか分からんのです

 

電話口の声は掠れ、か細い。名を佐伯泰造(さえきたいぞう)、77歳。年金とわずかな貯えで暮らす元運送業の男性だった。娘は数年前に家を出て連絡が途絶え、妻には5年前に先立たれたという。

 

「家に、貸金業者からの請求が来ましてな返せんかったら家に来るってほんまに来おったんです。えらい剣幕で、玄関の写真まで撮っていきよった

 

その時点で、溝部の脳裏に「闇金」の二文字が浮かんだ。

 

 

佐伯の話では、ことの発端は「介護費用の不足分を補うため」に申し込んだネットのローンサイトだった。だが、そこは正規の金融ではなく、情報を収集して売るいわゆる「金融スカウトサイト」だった。

 

そこから2日後、電話がかかってきた。

 

「審査通りましたよ。5万円からいけます。お振込み先、確認できますか?」

 

そう言ってきたのは「和泉ファイナンス」という貸金業者。だが、金融庁の登録には存在しない。貸付額は5万円、返済期限は7日後。その際に提示された金額は「利息込みで75千円」。年利換算すれば1000%を超える、完全な違法貸付だった。

 

「断ろうと思いました。でも、その時ちょうど、冷蔵庫が壊れてしもうて情けない話ですが、わし、つい、言うてしまったんです。お願いしますって

 

溝部は佐伯の手元にあるという振込記録、督促状、電話の録音を確認した。そして断言した。

 

「これは、貸金業法違反です。しかも脅迫に近い取り立てですから、刑事でも動ける可能性があります」

 

 

佐伯が語った訪問は、事実だった。和泉ファイナンスを名乗る男は、上下ジャージにマスク姿で午後3時ごろ家を訪れ、ポストに「返済がなければ隣人にも知らせる」と書かれたメモを投函。さらに、インターホン越しに「ええ歳して逃げんなや」と罵声を浴びせていった。

 

「わし、震えて動けませんでした

 

佐伯は、その後も電話を着信拒否していたが、留守電には毎日のように罵声が残されていた。

 

溝部はすぐに、司法書士としての「受任通知」を和泉ファイナンスにFAXと内容証明で送付した。これにより、法律上、本人への直接連絡は禁止される。

 

その数時間後、事務所の固定電話が鳴った。

 

「お前、調子乗ってんちゃうぞ。こっちは返してもらうだけや。じじいの味方するヒマあったら、こっち来て顔見せろや」

 

「録音させていただきました。これ以上の連絡は業務妨害として警察に通報します」

 

この一言で、電話は切れた。

 

 

その後、溝部は佐伯とともに警察署を訪れ、貸金業法違反と脅迫の被害届を提出。加えて、金融庁へも闇金通報フォームを通じて報告した。

 

さらに調査の過程で、和泉ファイナンスの電話番号と口座が、過去に別の闇金業者名義で被害報告されていたことが判明。つまり、名前を変えて繰り返し営業している典型的な「転送型闇金」だった。

 

「先生ほんま、助かりました。わし、もう何も考えられんようになっててこんな風にしてくれる人が、おるんやなぁって

 

「佐伯さん、これからは何かあったらすぐ連絡ください。こういう業者は、人を孤立させて追い込むんです。だからこそ、ひとりにしないことが大切なんですよ」

 

 

佐伯は、娘と再び連絡を取り始めていた。娘は東京で暮らしており、今回の件を伝えたことで「放っておけない」と、近く引っ越してくることになったという。

 

その話を聞いて、溝部は小さく笑った。

 

「それは良かった。これで味方がひとり増えましたね」

 

「ええ。ほんま、ありがとうございます、先生」

 

 

3月末。事務所の郵便受けに、小さな封筒が届いた。中には手書きの手紙と、佐伯からの菓子折りの案内が添えられていた。

 

《あのとき、先生に出会えてなかったら、わし、ほんまにどうなってたか分かりません。これからも、ようけ助けてあげてください。ほんま、ようけおるはずやから》

 

溝部は、机の引き出しにその手紙をしまい、次の相談者のファイルを開いた。

 

「今度は、生活保護を受けながら借りさせられたケースですか。よし、やりますか」