『闇に挑む書士6 ―SNSの罠、未来を奪われかけた少年―』
「た、助けてください……もうどうしていいか、わかんなくて……」
2024年10月、大阪・難波。司法書士・溝部将司の事務所に、震える手でスマートフォンを握りしめた若者が現れた。名は佐久間翔太(さくましょうた)、20歳。府内の私立大学に通う二回生で、SNSを通じた“闇金型副業詐欺”の被害に遭っていた。
「最初は、“スマホひとつで即日2万円”っていう投稿だったんです。副業感覚で…借金とかじゃないって書いてあったから……」
翔太は自分を責めていた。親元を離れ、奨学金とバイト代でギリギリの一人暮らし。生活費が不足し、魔が差した。Twitter(現X)で見かけた「現金給付企画」という投稿に“応募”した。
送られてきたDMには、「カンタンな作業で謝礼2万円」「安全・匿名」「信用ある方のみ対応可」と書かれていた。担当者を名乗る“ユウキ”という人物とLINEを交換し、顔写真付きの学生証を送信。その直後、状況は一変した。
—
「これは“融資”だから、5日後に3万円返して」
「え、聞いてないです……副業って言ってたじゃ……」
「舐めてんのか?今、お前の学生証も本名も、全部こっちにあるんやで?」
「親にもバラすわ。あと学校にもな。脅されたくなかったら、払えや。今からバイト探してこい」
翔太はパニックになり、知人から金を借りてなんとか返済した。しかし、すぐに次の“貸付”があり、さらに返済額も膨らんだ。LINEのトーク画面は、脅迫と恐怖の言葉で埋め尽くされていった。
—
翔太がようやく勇気を出して相談したのが、大学の学生相談室だった。そこから市の無料法律相談を経て、溝部の元に辿り着いた。
「相手のアカウント名、LINE ID、振込記録、全部見せてもらえますか」
「……はい……」
LINEの相手の表示名は「ユウキ【即日対応】」。しかし、口座名義は別人で、「オオタリュウ」「ハセガワユウ」など複数の人物から振り込まれていた。学生証の写真を悪用した“脅迫型SNS闇金”の典型的な手口だった。
—
溝部はすぐに受任し、LINEで相手に通知を送った。
《佐久間翔太氏の代理人として、これ以上の金銭請求および脅迫行為を直ちに停止するよう要求します。継続する場合、刑事告発および損害賠償請求に踏み切ります》
送信から30分後、既読がついた。そして一言。
「ほぉ、司法書士使うとか、賢いな」
だが、その直後、アカウントは削除され、LINEも使用不可となった。溝部はSNS調査を行い、同様のアカウントを複数見つけた。いずれも「即日対応」「現金給付」「顔出し必要」といった文言が共通していた。
—
翔太はまだ震えていた。
「これ、警察に言っても意味ないですよね?バカにされるだけって聞いたし……」
「そんなことありません。今の君がやるべきことは、“被害者”として正しい手続きを取ること。加害者が消えても、記録は残る。君がやったことじゃない、騙されたんです。堂々と胸を張りなさい」
溝部は、警察への被害届作成をサポートし、ネット犯罪対策課に提出した。並行して、大学側にも状況を報告し、SNSを通じた金融犯罪啓発の資料づくりも進めることとなった。
—
事件から3ヶ月後。翔太はようやく、スマホの通知に怯えずに眠れるようになっていた。
「俺、あのあと奨学金の申請内容も見直して、生活費のやりくりも勉強して…今、ゼミでSNSと消費者被害について研究してるんです」
「へぇ、立派じゃないですか。じゃあ、今度うちで学生向けに講演でもやります?」
「えっ……僕が?先生、いじわるですよ(笑)」
二人は笑った。
翔太の人生は、再び前に進み始めていた。過去の失敗を“傷”ではなく“学び”として抱きながら、司法書士の背中を見つめ、いつか誰かの力になりたいと語っていた。
溝部はその背中を見送りながら、静かに呟いた。
「闇金は消えない。でも、人は守れる。まだまだ、やることは山ほどあるな……」